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『ボヘミアン・ラプソディ』の凄みはポール・プレンターにこそあると思う。

遅ればせながら、大ヒット公開中の『ボヘミアン・ラプソディ』を見ました。ネタバレ全開なので、ご注意ください。

言わずとしれた有名バンドQUEENの伝説的ライブであるライブ・エイドおよび、そこに至るまでのリード・ボーカルのフレディ・マーキュリーを追った実話をもとにした作品です。

この作品の中で私が特に唸ったのは物語的には悪役のポール・プレンターのキャラクター造形と演出の巧みさなのですが、日本人には中々伝わりにくい部分かもしれないと思い記事にしてみたいと思います。

QUEENの付き人として、レコード会社から宛てがわれたパっとしない男として登場し、まだ自分は異性愛者だと信じ込もうとしているフレディに迫り、ゲイを自覚するきっかけを与え、とうとう自分を偽ることが叶わなくなり、最愛のメアリーと別れざるを得なかった傷心のフレディをいかがわしいゲイ・コミュニティに引き入れ(ついでに言えばロジャーには酌をせず)、QUEENのメンバーからフレディを遠ざける要因を作り、フレディのソロ活動を画策していたくせにジョン・リードだけにその罪をなすりつけ、メアリーからの心配の電話も、ライブエイドのことも知らせず、フレディの体調も気遣わずに毎日友達を呼んでフレディの金でどんちゃん騒ぎ、クビにされればフレディのいかがわしい交友関係をマスコミに売り渡し……と、映画を見た人ならば、誰もが「この野郎!」と思うこと請け合いのキャラクターなのですが、彼を単なる悪役で片付けがたい人物にさせているのが、リードの捨て台詞「裏切り者は別にいるぞ」の台詞から、フレディに疑いの目を向けられた時に発した「ベルファスト出身のカトリックでゲイ」というセリフです。

性的マイノリティに多少の理解が出てきた現代でも、ゲイであることを表立って公表することが難しいことを考えれば、ゲイ一つをとっても、当時にしてみれば過酷な境遇なのですが、それを更に絶望的にさせているのがベルファストのカトリックという枕詞です。

ベルファストについて

イギリス、もとい正式名称グレートブリテン島及び北アイルランド連合王国はイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド4国からなります。ベルファストは北アイルランドの首都になります。

北アイルランドという名の通り、南部アイルランドは1922年に自治を獲得し、その後英連邦からも脱退し、アイルランド共和国として完全に独立しています。

アイルランド島におけるカトリックとは

16世紀にイギリスの植民地となったアイルランド島では、5世紀の聖パトリックによる伝道以来、敬虔なカトリック信者が住民の殆どを占めてきました。

しかし、イギリスの植民地時代はプロテスタントであるイングランド人が土地を独占し、プロテスタント信者を優遇、貧しいカトリックを迫害したこともあり、信仰を捨ててプロテスタントに転向する人間も現れはじめました。

イングランド人はアイルランドの北部から入植していったので、自然北部にはプロテスタント信者、南部にはカトリック信者が多くなりました。しかし、アイルランド全体で見れば、カトリックが圧倒的多数を占めています(8割)。

アイルランドで独立の機運が高まる中、少数派になることで、これまでとは逆にカトリックから迫害されることを恐れた北部アイルランド6州は独立を拒否し、英連邦に残留しました。そのため北部ではカトリックが少数派、南部ではプロテスタントが少数派という二重構造が築かれます。

ポール・プレンターは北アイルランドのマイノリティであるカトリックの中でも、長年の植民地支配によるプロテスタントへの転向圧に屈せず、信仰を貫いたカトリック信者の家に生まれたということです。

そして、現在でこそ迫害こそしないもののカトリックでは基本教義として、同性愛を認めていません。

カトリックのお膝元であるイタリア、世界で最も敬虔なカトリック教徒とも言われるアイルランド共和国ですら、根強い反対運動を乗り越え、数年前に同性婚の権利が認められましたが、現在でも、北アイルランドでは同性婚が認められていません。

このことからも北アイルランドのカトリック信者がどれほど苛烈に教義を貫いているかがわかります。

LGBTに対する理解が進んでいる今ですらそうなのに、1985年当時であれば、同性愛がどれほどの目で見られていたかは明らかです。

北アイルランドでは1982年に、やっと同性愛が犯罪ではなくなったばかり(イングランドとウェールズでは1967年に非犯罪化しています)。ポール・プレンターはQUEENと出会った頃、国に帰れば犯罪者だったのですね……。

そして、そんな自分の出自を、フレディが自分に疑いの目を向ける中で明かす強かさも彼という人物を描き出すに相応しいと思います。

ペルシャから異教徒としてインドに逃れたものの子孫としてインドではマイノリティであり、移住した先の英国でもインドからの移民という偏見にさらされる出自を疎んで名前を捨てたフレディにとって、如何に疑わしくとも、北アイルランドのカトリックというマイノリティの中で、更にゲイというマイノリティに苦しめられてきたポールを見捨てることが出来ようはずもないと、それすら見越しての告白。ポール・プレンターという男が間違いなくフレディの分身だったことの証左であると思うのです。

フレディの境遇の辛さに関しては別記事にまとめました。

一回目の鑑賞後、「遺族も健在だろうに、同情の余地もないほど、思い切った悪役として描くなあ」と、ポール・プレンターのことを検索したのですが、彼もフレディと同年に同じエイズで亡くなっていることを知りました。そして、恐らくは彼に気を遣うような遺族が北アイルランドには存在しないだろうことも……。

実際のプレンティーはマスコミにフレディを売ったあと、幾度か釈明のためにフレディと接触を試みたようですが、フレディは彼を許さなかったようです。まあ当たり前の話ですが……。