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「ヒトラーの忘れもの」脚本と本編映画の比較、もといヘルムート・モアバッハ中尉の足跡。

英題 Screenplay で検索して映画の脚本を読むのが好きなんですが「ヒトラーの忘れもの」も検索してみたら英語版の脚本が公開されていたので読んでみました。こちら。 本編ではカットされたシーンも多く、楽しめたのでざっとメモしておこうと思ったんですが、脚本版のヘルムートが面白すぎたのでそこ中心です。

【追記】2017/02/17 ヘルムートの不幸な裏設定を知ったら、とても茶化せる感じではなくなってしまったので、近日別方面からアプローチした記事をあらためて立ち上げます

本編映画との大きな違いはセバスチャンとヘルムートの対立に尺が割かれていること。双子の尺も少ないです。虫に名前つけるシーンとか、ネズミを捕まえるシーンがありません。

映画でもセバスチャンとヘルムートは少年兵の中では目立つ存在ですが、突出した存在感があるわけではありません。 全体を通してのシーンの積み重ねで、セバスチャンが主人公だなとわかるくらいで、主題である地雷撤去を強制される少年兵というシチュエーションをかき消すほどのキャラクター性は持たされていないように思います。

ところどころ、脚本の名残的なもの、ヘルムートがセバスチャンを意識しているようなシーンは随所に見受けられますが、ヘルムートに難癖をつけられたウィルヘルムを庇うシーンが、セバスチャンだけ食中毒にならずに済む(ヘルムートと仲が悪いので食事がもらえない)きっかけのために辛うじて残された以外では、逃亡しようとするヘルムートをセバスチャンが止めるところくらいです。

ヘルムートも、口と態度こそ悪いものの大抵の場面では他の少年たちを先導していて、食事を探しに行ったり、責任は全て自分にあると訴えたり、怯えを押し殺して年長者たろうと振る舞う姿が人間らしい、セバスチャンとは対照的ながらいいキャラクターだと思います。

セバスチャン、ヘルムート、ウィルヘルム、ヴェルナー、エルンスト、ルートヴィッヒの6人がそれぞれに少年らしい繊細さを発揮しているからこそ、見た後にずっしりと胸に残る作品に仕上がっていると思います。

一方の脚本版。

ヘルムート・モアバッハ中尉大活躍。悪い意味で。

基本的な筋書きは変わらないのですが、本編映画版のヘルムートのキャラクターは、本当に絶妙な匙加減のもとに構成された存在だったのだなあと感じさせられます。脚本中、揉めるシーンのほぼすべてにヘルムートが絡んでくるので「またお前か」状態で、いっそ主役のセバスチャンより目立ってる気がします。

以下、脚本におけるヘルムート・モアバッハ中尉(19)の軌跡をざっと書き出していきたいと思います。かなりふざけた内容になってますので、映画のイメージを壊したくない方にはお勧めしません。映画が重くてちょっと息抜きがしたい方は、もしかすると楽しめるかもしれません。

地雷撤去のための講義を受けたあと、就寝時間のバラック。ベッドの数が足りない中、先にベッドを確保していたセバスチャン(16)のベッドを「俺のベッドだ」と横取りするヘルムート・モアバッハ中尉(19)。逆らわない方が賢明だと判断して仕方なく床で寝るセバスチャン。
初っ端から戦争映画に一人はいるいけ好かない将校野郎モード全開で登場する中尉。先が思いやられます。

映画本編では名前もわからないうちに最初の地雷撤去で死亡したマンフレッド(16)がヒトラージョーク(ラジオ塔の上で「ベルリンに笑顔を取り戻すにはどうすればいいのだろう?」と悩むヒトラーに、ゲーリングが「貴方がそこから飛び降りたらいいんじゃないですかね?」的なことを言う)で皆の爆笑をさらう中、一人だけ鉄仮面のようなモアバッハ中尉。 面白いだろと話を振られて、「何が面白いんだ」と場の空気を凍りつかせ、なおもマンフレッドに食ってかかり、見かねて止めに入ったセバスチャンに「自分が特別だとでも思ってるのか?」と毒づき、「俺は将校だぞ」と戦場経験に触れながら「将校は臆病者じゃつとまらないんだ」と腰抜け呼ばわりした上、労働者階級を馬鹿にして生まれまで貶めるという怒涛のコンボを決めますが、セバスチャンに片手で喉を絞めあげられて怯える中尉
最高にダサいです。

実地演習で解除の速さを褒められて得意げになる中尉ですが、セバスチャンが一瞬で解除してきてお株を奪われます。中尉、地味にダサいです。

ラスムスンのもとに配属された中尉。杭の1メートル以内が安全地帯だと言われたのに、3-4メートル踏み込んでることを、ラスムスンに「お前は馬鹿か? それとも死にたいのか?」と言われるまで気がつかず、いざ気がついた途端、恐ろしさで凍りつく中尉。皆に置いていかれて犬にまで無視されて、おっかなびっくり安全地帯に戻って後を追う中尉。 最高にダサいです(2回目)

少女と遊んできたヴェルナーに「民間人との接触は禁じられている」と正論でのぞむ軍規に厳しい中尉ですが、ヴェルナー、さらっと無視。聞こえないのかと再度問い詰めますがヴェルナーは意に介さず、「他になんか言いたいことある? 将校さん」と完全になめられてます。当然です。今までがダサすぎます。さらにヴェルナーが動じていないのを見て、すごすごと引っ込む中尉。なおダサさに拍車をかけてきます。 中尉、序盤から飛ばしすぎです。

ベッドに座っていると先述のヴェルナーとのやり取りを、セバスチャンに「友達づくりが上手だね」と鼻で笑われるぼっち中尉。生まれまで馬鹿にしたことを考えれば自業自得とはいえ軽いいじめです。「ちょっと地雷解除が早いくらいでリーダーになれると思うなよ」「別にリーダーになりたいわけじゃないし」と噛み合いません。
「お前らが俺をどう思ってるかくらい知ってるんだ」と一応、自分の難は自覚しているらしい中尉。あ、わかっててそれなんですね。 「他の奴は知らないけど、大体がローターバウムのロクでもない奴だと思ってるだろうね」とセバスチャンに出身地を当てられて驚きます。
パンフレットに収録されているプロダクションノートでもちらっと触れられていますが、二人は出身階級は違いますが同じハンブルク出身です。

モアバッハ中尉、軍曹のお気に入りだからと、セバスチャンに食糧を貰えないかと軍曹に尋ねるように仕向けます。ここは本編だとルートヴィッヒが頼んでくれないかというんですよね。 セバスチャンはもらえるわけないと冷静で、「軍曹は僕らが死んでも何も困らない」と真理を言い渡され、ショックを受ける中尉。一応行っては見たものの断られたセバスチャンは落胆する皆を前に「だから言ったじゃないか……」と。

夜中抜け出して食糧を探しに行くのは本編と共通ですが、セバスチャンの株を下げてから行くあたりセコイです、中尉。

ウィルヘルムが負傷。一番近くにいたのでセバスチャンから助けを求められますが、恐怖で固まってその場から動けない中尉。中尉、散々自慢してきた戦場経験はどうしたんですか。 この辺りも本編映画だと身の危険は冒さないちょっと冷たいタイプなのかなと思えるんですが……ロドルフとかアウグストも立ち尽くしてる描写ありますし。

食中毒の責任を告白して、ラスムスンに頰を張られる中尉。最初の安全地帯の一件でラスムスンにちょっと足りない子と認識されているせいか、映画版より対応厳しめです。
この辺り優秀だけどちょっと難がある本編と比べて、脚本版だとセバスチャンに勝ってるところが一個もないのでいっそ哀れですらあります。

ヴェルナーの死亡シーンはヴェルナーの血と肉片が側にいたエルンストの顔にふりかかるっていう本編より数段むごい演出になってます……二つの地雷が爆発した威力はすさまじく、ヴェルナーを蒸発させてしまったということのようで。ウィルヘルムが負傷したのは木箱型の対人地雷ですが、ヴェルナーが持ってた皿型地雷は対戦車用なので威力が大きいんですね。

ヴェルナーの死にも拘らず、撤去作業を続けようとする中尉を止めに入ったセバスチャンを突き飛ばす中尉。 中尉、そこ地雷原です。 「俺にかまうなよ、お前の勝ちだ!」と、何をやってもセバスチャンに勝てないことを認めて泣き出す中尉。 セバスチャンは最初から中尉と勝負なんかしてないんですけどね。中尉が勝手に張り合ってるだけなんですけどね。確かにいいとこが一個もないので泣きたくなる気持ちはわかりますけど。

駆けつけたラスムスンに「作業をやめろ」と言われても地面掘ってる中尉。やめないと撃つとヘルムートに銃を向けるラスムスン。 セバスチャンに諭されて掘るのをやめた中尉。セバスチャンに抱きしめられて泣き崩れてしまい、合わせる顔がない中尉ですが「君が必要なんだ。助け合おう」というセバスチャンの言葉に顔を上げます。
これには中尉もにっこり。 様子をうかがっていたラスムスンも銃を下ろします。
この近くでルートヴィッヒが錯乱したエルンストを一人で抑えてるのかと思うと泣けてきます。えらいぞ……。

これに近いシーンは実際に撮影もされたようで、宣材としてパンフなどでも使われてますが、本編ではカットされてます。

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ヴェルナーの肉片を4人で拾い集めるえぐいシーンもあります。これは実際に捕虜がさせられていたことだそうです。

最初エルンストを抑えてたのはルートヴィッヒだったのが、エルンストに鎮静剤打つところではセバスチャンとヘルムートに変わってるのは、この和解を踏まえてのことなんですね。

浜辺で競争。セバスチャンははじめてヘルムートの本当の笑顔を見ます。 映画本編だとそれまで無理に大人らしく振舞っていたヘルムートが、少年らしい無邪気さをみせる感慨深いシーンなんですけど、脚本版の中尉は一番大人げないので「勝ててよかったね……」と見てる方も趣が異なります。

安全地帯の地雷が爆発、ラスムスンの愛犬が死亡し、雲行きが怪しくなる中、「お前が数え間違えたんだろ」と終わったことを問い詰めるいやな奴がいます。
もちろん我らが中尉です。ぶれない。

エルンスト死後のセバスチャンとラスムスンのシーンも、「僕たちを憎むのは勝手だけど、友人の振りをするな」と我を失ったセバスチャンがラスムスンに殴りかかったり、ラスムスンもそれを甘んじて受けたりでだいぶ雰囲気が違います。平静を失ったセバスチャンが自分は悪い人間だとこれまでの行いを懺悔するようなところもあります。 戦争時、セバスチャンは残酷な兵士だったという裏設定に基づくもののようです。 二人のやり取りを裏でこっそり聞いてる中尉は何を思ってるんでしょうか。

脚本は脚本で戦争映画によくありそうな感じですが、仲間同士で揉めてるシーン多いと人間関係の方に目が行ってしまって、映画として軸がぶれちゃうので本編においてカットされたのは納得と言う感じです。
ウィルヘルムが地雷処理しないで遊んでて怒られるってシーンもあるのですが、少年兵が大人と変わらず軍務に従事しているという悲壮さが損なわれますし。映画本編は1時間41分で過不足なく完成されていると思うので、撮影されたシーンがあるのであればカットシーンとしてDVDの特典か何かで見たいです。