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「芸人迷子」感想。M-1準優勝コンビの解散の裏側。

芸人迷子

芸人迷子

2014年に解散した漫才コンビ「ハリガネロック」のボケのユウキロック氏が、ハリガネロック解散までに辿った道のりを、当時の切実な感情を振り返りながら綴った自叙伝「芸人迷子」を読んだ。

私が記憶するハリガネロックは、初期のM-1爆笑オンエアバトルでの姿で、ハリガネロックの名前は面白いとイコールサインで結ばれていた。 解散を知った時は、M-1ファイナリストの解散ということ、最初期に認識した漫才師であるという個人的な思い入れをふくめて感傷的な気持ちになったことを覚えている。

その後、Twitterキングオブコントのネタを批評するユウキロック氏のツイートを見かけ、まだお笑いに関わっていることを知って嬉しくなり、去る12月4日に行われたM-1 グランプリ2016の氏の記事から、本書の出版を知り購入した。

ブラックマヨネーズの栄光の裏で

本書を読む中で感じるのは、深い悔恨である。

2005年の第5回M-1、氏は決勝を制したブラックマヨネーズに漫才の理想形を見た。そして、その時に自分は漫才を辞めるべきだったのではないかと切り出す。

漫才師のスターダム最短ルートと見なされているM-1グランプリの記念すべき初回大会。優勝したのは言わずと知れた「中川家」、準優勝したのが「ハリガネロック」だった。

現在、他の賞レースと比べて圧倒的に特別視されているM-1だが、その価値はその後の優勝者の活躍により確立されたもので、初回大会が行われた当時は、何やら新しい大会が始まったぐらいの認識であり、ユウキロック氏の当時を振り返る文章にもM-1に対する気負いは見られない。 代わりに、一文字一文字に見えるのは同期「中川家」へのむき出しのライバル心だ。

中川家」、「ハリガネロック」の同期NSC大阪11期には「たむらけんじ」、「陣内智則」、「ケンドーコバヤシ」などがいる。 氏は後のケンドーコバヤシと「松口VS小林」というコンビを組んでいたが、相方のケンドーコバヤシだけが売れて行く焦りから、コバヤシの引き留めを振り切って解散し、1995年「ハリガネロック」を結成する。 先を行く同期の背中を猛追する形で、劇場で成果を上げ、賞レースで結果を残す。この辺りの描写の中に現れる、2丁目劇場の漫才禁止令や、若手に告げられたイベント自粛勧告などから伺える、当時の吉本の内部事情も興味深い。

同期として氏が語る「中川家」の存在感の裏には、切実なまでの羨望と憧憬が見える。

アメトーークなどでしばしば特集される同期芸人企画を見ると、同じ芸人でもデビュー年によって雰囲気は様々だ。 誰も売れていない「泥の97年デビュー組」(佐久間一行あべこうじとR-1王者は二人輩出している)のような代がいる一方で、「キングコング」の同期にはNON STYLE南海キャンディーズ山里亮太中山功太ウーマンラッシュアワー、ピース、ダイアン、スーパーマラドーナなどの王者やファイナリストが名を連ね、「オリエンタルラジオ」の代もトレンディエンジェル、はんにゃ、フルーツポンチ、三四郎などがいる。いち早く売れた存在は、同期全体を引き上げる求心力を持つのかもしれない。

緩やかな死へ向かう迷走期

M-1 2005年大会、ハリガネロックはボケツッコミを入れ替えた挑戦的スタイルで臨んだものの、一度は3回戦で敗退した。その後の追加合格をラストイヤーへの情けと受け取った氏は、準決勝を従来の漫才で戦い敗退する。 結成10年を超え、M-1の出場資格を失ったハリガネロックM-1を制したブラックマヨネーズチュートリアルの革新的な漫才に刺激を受けながらも、客ウケを誇りとしてきた氏は、これまでウケてきた漫才に見切りをつけることができずにいたが、完全なる観客投票により勝者が決定されるMBS漫才アワードで優勝を逃したことで、客ウケというアイデンティティすらも失ってしまった。

その後、氏は単独ライブをやめ、新ネタを作らなくなり、半ば意図的に停滞期に入る。その真意は、これまで氏が中心的に主導してきたハリガネロックが、理想の漫才に到達するためには相方大上氏からのアクションが必要だと考えてのことだった。そして、氏は2013年までに大上氏から望む反応が得られなければ、コンビを解散すると心に決めてしまう。

以降、相方の大上氏を綴る文章は、当時の心情を描くものとして、かなり苛烈に書き出されている。 大上氏に向ける強い怒りと失望に身勝手さも見える一方で、コンビ間の主従的関係を築いてしまった自身への内省や、大上氏の結婚にまつわる深い後悔には、氏の本質的な真面目さが現れていて、読んでいるこちらの方が苦しくなるくらいだった。

「売れなかった」の定義

本書の中でハリガネロック、もといユウキロック氏は一貫して売れなかった芸人として描かれている。 私はこの「売れなかった」という言葉に、最初はどうも納得がいかなかった。 吉本だけでも6000人を超えるお笑い芸人が所属するという(ソースはウーマンラッシュアワーの漫才中の台詞なので正確性はわからない)その中でハリガネロック程の実績を上げたコンビは決して多くないだろう。多分、100組もいないと思う。 『ハリガネロックが「売れなかった」のだとしたら、他の6000人の芸人たちをなんと形容したらいいのだろう?』という感情からくる反発かとも思ったが、ただ単に、子供の頃に好きになった漫才師が自らを「売れなかった」と評する姿を見たくなかったのかもしれない。

その「売れなかった」という形容に納得させられたのは「ストリーク」の解散に触れた部分だった。ストリークもまた爆笑オンエアバトルでよくネタを目にしていて、思い入れのあるコンビだった。 オンバトで見る「ストリーク」はいつも面白く、野球ネタという客層は選ぶが特定の層には常に需要がある芸風から、絶対に解散しないコンビのような印象を勝手に抱いていた。

しかし、2011年の震災以後、自粛ムードから芸人の仕事が減ったこと、ストリークが「仕事がない」と解散したことは本書の中で、本当にごくごくあっさりと触れられている。それを当然のことだというように。

就職し芸人を辞めるストリークのツッコミ吉本との電話越しやりとりで、氏は芸人を続けられない不幸と、細々ながらも芸人を続けていける我が身の幸福を知る。

私事になるが、先日、よしもとの地方公演を見に行った。トレンディエンジェルノンスタイル、デニス、バンビーノなどが出演する中で、ボケ役の阿部が県内出身ということもあってか、POISON GIRL BANDがトップ出番だった。 会場内の告知でもピックアップされていたが、登場時の雰囲気はそれほど盛り上がったものではなかった。 ツッコミの吉田が「すみませんね、楽しみにきてくれたのに、いきなり知らない奴が出てきて」と自虐的ニュアンスで客席の雰囲気に触れ、軽い笑いに変えてから相方が県内出身者であることを告げネタに入った。 ネタは面白くよくウケていたが、三度、M-1のファイナリストになっているPOISON GIRL BANDに対しての反応に私は少しショックを受けていた。

私の中のハリガネロックの死

本書の中では同期を始め、先輩や後輩に至るまで実名で氏の思うところが綴られていて、時にここまで書いていいのかと、こちらが不安になるくらい遠慮のないものもある。中川家に対するライバル心も、淀んだ胸の内も、きっと解散していなければ書けなかっただろう。実際、当時このことを知っていたらネタで素直に笑えないと思った。

そう思った瞬間に「ハリガネロックはもうネタをやらないんだ、何を書いてもかまわないんだ」という当たり前の事実が、改めて私の中で認識され、ハリガネロック解散が私の中で咀嚼された。

読み終えた後、無性にM-1 2001年大会が見たくなる本でした。この記事で触れた部分以外にも、印象的な部分がたくさんあるので、お笑い好きな方には是非読んでいただきたいです。

思い入れが強すぎて謎のドキュメンタリー調になってしまいましたが、この本を読むことができてよかったです。